平和堂典礼からメッセージ

みなさまへの感謝・サービス・大切にしていること、伝えたいことなどを情報発信しています。でも、ほとんどが個人的なことです。
親孝行?
わたしの短い約50年と言う人生の中で、現在ほど物が豊かな時代はなかったと言えます。
しかし、連日のニュースを見ていると、現在ほど人の心を失い、荒んでいる時代もなかったと思います。

葬儀の形態も様変わりしてきました。しかし、葬儀とは、親を送る感謝の行事であると思います。この世に人として生んでくれた恩、育ててくれた恩。同じ屋根の下で生きていくうえで、親子喧嘩もしたでしょう、親孝行をしたい気持ちはあっても自分の生活に追われ、ついつい時間に流されていく事も多かったと思います。
「親孝行、したいときには親は無し。」まさしくその通りです。自分の生活に追われ、子育てに追われ、わき目もふらずに生きて行く。子供も一人前になり、余裕も出てきた。気がついたときには、親は他界していない。
もっと親孝行したかった。と、思うこともあるでしょう。しかし、親から見れば、幼い頃の子供のかわいさ、そのかわいい子供が一人前になり、子供を育てていく。
きっと微笑んで見守っていたのでしょう。自分の遺伝子が息子の中に、そして娘の中に生きている。そして孫にも受け継がれていく。そう考えれば、最高の親孝行は終わっているのではないでしょうか。
葬儀とは大切な親を送る姿を子供に見せることが大切です。火葬式でも、家族葬でも、心がなくてはいけません。
親を送る姿は、いずれ子供があなたを送るときの学習の場なのです。親を粗末にする姿を子供に見せれば、やがてあなたが粗末にされるのです。

まさに六道輪廻の世界ですね。
| 代表 中込 大武 | - | 13:55 | - | - |
日記と言う表題に偽り有り
久しぶりに時間が空きました。といっても忙しいのには変わりないのですが、なかなか書き込む時間と気合がありません。

先日テレビを見ていたときのことです。(テレビ見る時間はあります)
レスリングか柔道か忘れましたが、ゲストの言っていた言葉が心に残りました。

スポーツの練習は根性が必要だが、試合は根性や努力では勝てないのだと・・・。
試合に必要なのは勇気であると、言っていました。
練習は根性、試合は勇気。なんていい言葉でしょう。全てのスポーツに共通するのではないでしょうか。

スポーツの場合(受験もそうだし、全般的に全て同じかもしれない。)自信をもって望むには普段の練習量がものを言います。

基本は目標を立てる事と、その目標に突き進む強い意志と根性でしょう。
わたし、やわらちゃんを見ていて本当に、そう思いました。

彼女の意志の強さは顔にも表れていますが、その集中力はものすごいものがあります。他の選手は、相手の得意技を警戒していますが、やわらちゃんは自然体で、自分の技をかけることに集中しています。

相手の技を警戒すれば大脳が働き、考える一瞬の遅れが命取りになります。
彼女は体(運動神経をつかさどる小脳)で反応していますから、遅れが生じません。世界のトップクラスですから、0.001秒くらいのことでしょうが、そのホンノ僅かな差が勝敗を決めるのでしょう。

妻であり、母であり、世界一の柔道かである。しかも、現役。

ご主人もスポーツ選手でありながらサポートするのは、すごい事だけど、その二人のお子さんの将来が楽しみですね。

我が家は、来年は、次女が大学受験で三女が高校受験です。塾もあれこれ行っていましたから、非常にお金がかかります。その上大学と高校の費用が毎年○百万円とは・・・

かみさんの顔が高利貸しの取立て屋に見えてきます。ど〜するアイ○ル。
我が家は財源をわたしが管理していますので、一時的な出費はその都度現金でかみさんに手渡します。そのおかげで、どの位の出費か分かりますので、
お金の喧嘩は一切ありません。

お小遣い制のほうが気楽でいいけど、かみさん管理苦手なんです。

話はそれましたが、娘にも勉強は根性、受験は勇気と、言ってみました。
「ふ〜ん、そうなの?」で終わりましたが。

やわらちゃんの爪の垢が欲しい今日、この頃です。








| 代表 中込 大武 | - | 17:38 | - | - |
お猿さんから教えられたこと
昨日テレビを見ていたら、山からぞろぞろとお猿さんが群れをなして降りてくるところでした。
どうやら、ふもとの公園でえさを撒く時間に合わせて降りてきたようです。

すると、一匹の猿が二足歩行で上手に跳ねながら険しい岩山や、倒木の上をぴょんぴょん跳ねる様にして降りてきました。

よく見ると両手(前足)に障害があり肘のところから鋭角に曲がったままで、上肢も内側に鋭角に曲がり、指もそろっていないようでした。小児麻痺やリュウマチの症状のような曲がり方です。痛くないのでしょうか?

メスのお猿さんで、子供がいるようです。公園に下りてくると小猿たちは広い空間を満喫するようにじゃれあい、そして母猿に甘えたりしていました。
しかし、彼女の子供は彼女から遠く離れ一人ぼっちでしょぼんとしています。

たまに彼女のところに行っても母猿は背中を向け逃げるように去っていきます。
何度かそんなやり取りが続いた後、えさも撒かれ、食べ終わる頃、彼女の周りに他の小猿が寄ってきて、ちょっかいを出しています。

上肢に障害がある彼女は振り払うことも出来ず、小さな小猿相手に逃げ回っています。どうも、いじめに見えます。

解説によると、お猿さんの社会では障害を持っている彼女は群れの中で一番順位が下だそうです。
そのため小猿にまでいじめられるのだそうです。

そのうち日が暮れ始めると、お猿さんたちは群れをなして、山に帰っていきます。

しかし、彼女は群れとは違う方角から山に帰っていきます。追っていくと、険しい山をぴょんぴょんと、無心に、とまることも無く黙々と山を登っていきます。

すると、突然、彼女を見失います。周りを見回しても見当たりません。
すると登ってきた反対のほうから、先ほどのお猿さんの群れがゆっくりと登ってきました。本当に沢山の群れです。

沢山のお猿さんたちが通りすぎた後、あたりを見回すと小猿が一匹木上に残っています。

よく見ると彼女の子供です。すると、反対側の木上に彼女の姿が・・・

彼女は群れが去ったのを確認すると不自由な手を上手に使いながら、木を降り、足早に子供のほうに走ります。

ぎこちない仕草で小猿の居る木に登ります。

すると、どうでしょう。公園で小猿を避け、逃げ回っていた彼女は、別人のように、その障害のある手で、精一杯小猿を抱きしめます。小猿もうれしそうに、母猿の愛情を一身に受け、気持ちよさそうに目を細めています。

まるで今までの時間を取り戻すかのように、小猿は母猿に甘えています。

そんなひと時を過ごした後、彼女と小猿は木を降り、小さな背中を寄せ合うようにして、茂みの中に消えていきました。

彼女は低い順位の自分といると、小猿までがいじめられてしまう。彼女には上肢に障害があるため小猿を守ることが出来ません。

守る母猿がいない場合、いじめられる小猿は死にます。

彼女なりに考え、選んだ道でしょう。

私はこの映像から、色々なことを学びました。そして、恥ずかしくも思いました。

しかし、彼女にも母親はいるはずです。
健康な小猿でさえ生存は厳しい自然界です。障害を持った子を抱え、よく育て上げたものです。

その強さの遺伝子と、自分自身障害をもちながら幼い頃からいじめられて、我慢をしながら育ったであろう彼女の強さがあるゆえに、子供の事を思い強い母として、本当の愛情をそそぐことが出来るのでしょう。

障害を持ちながらも、子を授かり、寄り添ってくれるわが子がいるのですから、幼い頃に命を落とす小猿よりず〜と幸せな人生だと思います。

小猿も母を見て育ちます。きっと心優しい立派お猿さんになるでしょう。
優しい心と、強い心を持ち合わせた彼は、きっとみんなの支持を受け、将来立派なボス猿になるでしょう。

そのとき母親が健在なら、きっと親孝行を沢山して、母を送る事が出来るでしょう。

そんなストーリーを考えながら、彼女たちが幸せに、そして、精一杯行き続けられるように祈っています。

| 代表 中込 大武 | - | 11:18 | - | - |
もうすぐお盆、猟奇的事件と子供の心と施餓鬼供養
最近の猟奇的な事件には胸が痛みます。
私たちは生きていく中で動物を殺生し、植物を殺生しています。その上、同じ種族で殺し合い、さらに親を殺し、子を殺し、とても正常とは思えません。
お盆の供養はご先祖様だけでなく、日ごろ殺生している動植物、供養されない苦しみの霊など全てを供養する行事だと思います。

心を持っているのは人間だけとは限りません。食肉動物や魚や植物に命をつないでもらっています。さらに人間は一人では生きていけません。

今私の周りを見回しても、人工物だらけです。パソコンやテレビや電子レンジなど自分では作れません。焼き鳥など、自分で鶏を殺し、血を抜き、羽をむしり、肉をさばき、くしに刺す。考えただけでも鳥肌が立ちます。

ましてや、牛や豚などの大きな動物を解体するなどとは、想像に絶します。
野菜も作れません。お米も作れません。今着ている洋服も作れません。
自分ひとりでは何も出来ないことは、子供たちにも教えます。

私「この家の中で自分が作れるもの言ってごらん」
娘「お料理が作れる」
私「お野菜は作れるの?」
娘「・・・・・」
娘「巾着袋作れるよ」
私「生地も自分で織れるの?」
娘「・・・・・」

意地の悪い会話になってしますので、長くは話しません。子供が出来ると思うことは悪いことではありませんが、褒めてばかりいてはいけません。
その工程の前にお世話になっている人が沢山いることを踏まえたうえで褒めるべきです。

怖いのは「当たり前」と思うことです。

暴走族が乱暴な運転で走り回りますが、いざ事故を起こせば、追い回していた警官が救助して、救急車で病院に運ばれ、治療を受けられることを知っています。

彼らは果たして、人気のない砂漠で同じことが出来るでしょうか?

殴り合いの喧嘩をしている二人がいるとします。無人島で取り残されたら、殴りあうでしょうか?

子供の前で、夫婦喧嘩をしている夫婦がいます。子供の命が余命3ヶ月だとしたら、どうでしょうか?

最近は「セレブ」と言う言葉が流行り、「勝ち組」「負け組」などという言葉が飛び交い、テレビではお金持ちの豪邸を紹介し、一般の子供が見たことも無い生活を放映しています。
まるで、お金を沢山持っていることが「幸せ」なのではないかと錯覚しがちです。そんな生活と比べれば我々一般庶民のお父さんは「能無しの負け組」に見えてくるでしょう。
知らないほうが「幸せ」なことが世の中には沢山あるのです。

テレビがない時代、片田舎でお正月に鯛や海老が食卓に並べば大変な贅沢でした。キャビアやホアグラ、トリュフなど世界的な贅沢な見たこともない料理は知らなかったからです。

私は少年時代、駄菓子屋で紐のついている飴の紐を引き、大きな飴があたると大喜びでした。かわいいものです。最近では夕食時に料理番組があるとため息が出てしまいます。

話が横道にそれていってしまいましたが。現在の子供たちにかけているのは「感謝」の気持ちです。お金さえあれば何でも手に入る。買えないものは無いと思うことが間違いです。

一年のうち、お盆の4日間ぐらいは施餓鬼供養をして、ご先祖様と数多くの恩恵に感謝し、命をつなぐための殺生を反省し(せっかくの命を食べ残してはいけない)供養されないかわいそうな霊に施し(慈悲の心)家族の絆を深めることはいいことではないでしょうか。

人を殺せば、「地獄」に落ちること。

生前、欲しい、食べたい、悔しい、憎いと心の底にひそむ欲望を抑えられなかった人は「餓鬼道」に落ちる事。きちんと教えて生きたいものです。

お盆の行事と思われますが、施餓鬼供養は一年中どこのお寺でもやっています。菩提寺の施餓鬼供養に子供と一緒に参列するのもいいでしょう。
| 代表 中込 大武 | - | 21:05 | - | - |
お財布の中の戒名

お財布の中の人たちはすでにこの世にいない人ですが、果たして戒名はついているのでしょうか?
一万円札の福沢諭吉は「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」といえり。から始まる「学問のすすめ」が有名です。
1901年68歳で人生を閉じますが戒名は「大観院独立自尊居士」で名前からの文字は使っておらず、独立自尊(何事も独力で行い、自己の人格の尊厳を保つこと)の4文字が福沢諭吉そのものを表しているといえそうです。


5千円札の樋口一葉(本名 奈津)の戒名は「知相院釈妙葉信女」です。彼女は1896年11月肺結核で亡くなるまで十数ヶ月の短い作家生活送り、「たけくらべ」「にごりえ」「十三夜」などを発表「一葉日記」も高評価を得ています。しかし、父や兄を若くして失っていた彼女は貧困の中、想像を絶する生活苦に借金を繰り返していたといいます。
まさか100年以上たって自分が日本銀行券の肖像になるとは夢にも思っていなかったでしょう。なんとも皮肉なものです。
それにしても日本の貨幣で女性の肖像が使われるのは非常に珍しいことです。
それというのも現在女性が社会に出て活躍している証拠であり、所詮、女性抜きでは世界の経済は正常に機能しないことが理解された証拠ではないでしょうか。


千円札の野口英世は世界的に有名な医学者(細菌学者)です。1876年(明治9)11月9日、父 佐代助・母 シカの長男として生まれ「清作」と名付けられました。野口家は、代々農家でしたが、清作が生まれた頃は、大変貧しい状況だったといいます。
彼は明治11年、1歳半のとき、(4月末の夕方)囲炉裏に落ち左手に大火傷を負います。
梅毒や黄熱病の研究で知られる英世は、1900年(明治33)、単身アメリカへ渡り、ロックフェラー医学研究所などで、数々の研究成果をあげ、アメリカやヨーロッパなど、世界的に有名な医学者(細菌学者)となりました。
この間、日本の学位(医学博士・京都大学、理学博士・東京大学)も取り、ただ一度だけ帰国し、大歓迎を受けたそうです。
しかし、アフリカ(ガーナのアクラ)で黄熱の研究中、自ら感染し1928年(昭和3)、51歳の若さで亡くなりました。
彼の遺体は6月13日ニューヨークに到着、15日にロックフェラー研究所で葬儀がおこなわれたそうです。その後日本に遺髪が送られ、猪苗代湖畔の生家にある記念碑の下と、野口家の墓に埋められました。戒名は「大仁院殿濟民英世居士」です。

さあ、お財布の肖像を眺めながら故人のご冥福をお祈りしてみませんか。気持ちが通じればお財布の中でいいことがあるかもしれません。
だからといって1万円札の福沢諭吉ばっかり供養してはダメですよ・・・
| 代表 中込 大武 | - | 13:44 | - | - |
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